温故知新~江戸時代における幕府の財政事情
税理士・菅原 亮一
令和元年(平成31年)(2019年) 48件の記事
令和元年12月23日号(7面)
嘉永6年(1853)の黒船来航の事件から慶応3年(1868)の王政復古までを一般に「幕末」と呼んでいます。黒船来航後に…
令和元年12月16日号(7面)
開港時の条約交渉では、通貨の交換比率は「同種同量」の原則に基づくことが合意され、嘉永7年(1854)の日米和親条約(下…
令和元年12月9日号(7面)
文政8年(1825)に、幕府はオランダ、中国以外の西欧の国の船を発見と同時に攻撃すべきという「異国船打払令」を発しまし…
令和元年12月2日号(11面)
天保4年(1833)は雨が多く、大雨を原因とする洪水や冷害も併せて起きたことで大凶作となり、天保6年から天保7年にかけ…
令和元年11月25日号(7面)
十二代将軍徳川家慶は、寛政5年(1793)に十一代将軍徳川家斉の次男として江戸城で生まれ、天保8年(1837)に45歳…
令和元年11月18日号(7面)
寛政の改革は6年余りに及び、中には優れた施策がいくつも見られますが、庶民にも倹約を強要したことや、極端な思想統制によっ…
令和元年11月11日号(7面)
我が国は、現在1都1道2府43県に区分されています。律令制における行政区画は、畿内(大和、山城、河内、和泉、摂津)と東…
令和元年11月4日号(7面)
化政文化とは、江戸時代後期の文化文政時代(1804~30年)を最盛期として、江戸を中心として発展した町人文化です。寛政…
令和元年10月28日号(7面)
幕府財政を圧迫した要因としては、貨幣の改悪のほか、天明8年(1788)の京都大火で焼失した御所の再建費用の莫大な支出も…
令和元年10月21日号(7面)
田沼政権では、長銀(丁銀)や豆板銀(小粒銀)といった秤量貨幣から、額面通り通用する計数貨幣へ変更し、東西日本の流通通貨…
令和元年10月14日号(7面)
寛政の改革は、旗本・御家人の救済のほか、農村復興、都市政策、異学の禁止や風俗粛正など多岐にわたり、民間に対しては厳しい…
令和元年10月7日号(7面)
江戸時代中期以降、武士は生活が困窮するにつれ高利で多額の借金をするようになりました。知行取りの旗本は、知行地に借金を頼…
令和元年9月23日号(7面)
天明7年(1787)に老中に就任した松平定信は、翌年に政権を完全に掌握した後、「寛政の改革」を主導しました。この改革は…
令和元年9月16日号(7面)
田沼意次が天明6年(1786)に失脚した後も、田沼派の勢力は、あくまでも松平定信の老中就任を阻もうとします。御側御用取…
令和元年9月9日号(7面)
十一代将軍家斉は、御三卿の一橋家の当主一橋治済の長男として生まれ、安永8年(1779)に十代将軍家治の世嗣である徳川家…
令和元年9月2日号(11面)
田沼意次の時代は、江戸時代序盤の元禄文化と終盤の化政文化の過渡期に当たり、宝暦・天明文化と呼ばれています。徳川綱吉の治…
令和元年8月26日号(7面)
天明2年(1782)から7年にかけて、天明の大飢饉が起こっています。天明2年から冷害となり、天明3年の岩木山と浅間山の…
令和元年8月19日号(7面)
田沼意次は、外国との貿易を黒字化させて国内の金保有量を高め、蝦夷地(北海道)を開拓し、更にはロシア帝国との貿易も行おう…
令和元年8月5日号(7面)
田沼意次は、賄賂汚職の悪徳政治家とするのが通説でしたが、意次の賄賂政治を語るものとして一般化していた逸話の数々を否定す…
令和元年7月29日号(7面)
十代将軍家治は、元文2年(1737)、九代将軍家重の嫡男として江戸城西ノ丸に生まれました。幼少時よりその聡明さから、八…
令和元年7月22日号(11面)
九代家重は、正徳元年(1712)に紀州徳川家の五代徳川吉宗の長男として江戸で生まれ、吉宗の将軍就任とともに江戸城に入り…
令和元年7月15日号(11面)
「小物成」は、毎年定額で賦課される狭義の小物成(小年貢)と、臨時に賦課される「浮役」に区分できます。狭義の小物成は、田…
令和元年7月8日号(7面)
江戸時代においても、太閤検地による村落支配体制は継承されており、村には課税及び知行の基準となる「村高」が定まっていまし…
令和元年7月1日号(7面)
吉宗は、新井白石の政策を悉く否定したように捉えられがちですが、その傾向が強いというだけで、必要な政策は継続しています。…
令和元年6月24日号(7面)
新田開発や定免法によって年貢の収入が増えても、米が飽和状態で米価が下がり、また、一般の商品の値段は米価とは連動せず、こ…
令和元年6月17日号(11面)
旗本・御家人へ俸禄の支給も滞るほどの状態に陥って、吉宗は享保7年(1722)に老中水野忠之を財政専管として本格的財政再…
令和元年6月10日号(7面)
国の財政を建て直すための財政再建は現代でも行われます。消費税の創設や税率の引上げなどはその典型でしょう。江戸時代にも同…
令和元年6月3日号(7面)
幕府の役職人事が知行高のみならずその職務能力なども考慮して行われるようになると、優秀な人材を抜擢して要職に就けた場合、…
令和元年5月27日号(7面)
松平頼方は、貞享元年(1684)に御三家の一つ紀州藩主徳川光貞の四男として和歌山で生まれ、兄の相次ぐ死により、宝永2年…
令和元年5月20日号(7面)
幕府の官僚制度は、身分に応じて役職があり、役職に応じた格式がありました。家筋と家格に応じて最初に就く役職が決まり、役職…
令和元年5月13日号(7面)
徳川家康は、慶長8年(1603)に征夷大将軍となると、江戸を政治や経済の中心地にするため本格的な都市づくりを開始しまし…
令和元年5月6日号(7面)
六代将軍家宣と七代将軍家継の治世の「正徳の治」は、政策の多くが家宣の代に白石が建議し、家継の代に日の目を見たものです。…
平成31年4月22日号(7面)
徳川家宣は、寛文2年(1662)に家光の三男の徳川綱重の長男として生まれました。宝永6年(1709)に綱吉が亡くなり、…
平成31年4月15日号(7面)
江戸幕府初期から続いた豊かな鉱山収入も、この時期に減少し、幕府財政の収入減に繋がりました。また、明暦の大火後の江戸城や…
平成31年4月8日号(7面)
貨幣経済の発達に伴い、江戸は100万都市に、京都と大阪は30万人規模の都市に発展し、各地の城下町も繁栄して、町人の経済…
平成31年4月1日号(7面)
綱吉が家綱から引き継いだ遺産は100万両に欠けていたと考えられますが、金蔵の金銀は、相変わらず1年に約10万両のペース…
平成31年3月25日号(7面)
延宝8年(1680)に家光の長男、四代将軍家綱に跡継ぎがなく40歳で死去したため、四男の館林藩主綱吉が五代将軍に就任し…
平成31年3月18日号(7面)
俸禄は家禄と職禄の合計です。家禄とは、先祖の功によりその家に対して支給される基本給みたいなもので子孫に世襲され、職禄と…
平成31年3月11日号(7面)
慶安4年(1651)に家光が48歳で死去すると、家綱が11歳で四代将軍に就任し、将軍世襲制が磐石なものであることを世に…
平成31年3月4日号(7面)
家光の浪費を貨幣経済という観点から見ると、実は大いにプラスに働いたと考えられています。 家康から家光の時代にかけて三貨…
平成31年2月25日号(7面)
三代将軍家光は、寛永9年(1632)1月に大御所秀忠が死去すると、「余は生まれながらの将軍で、諸大名は家臣である」と宣…
平成31年2月18日号(7面)
鎖国とは、キリスト教国の人の来航及び日本人の東南アジア方面への出入国を禁止し、貿易を統制、管理した対外政策であると理解…
平成31年2月11日号(7面)
徳川秀忠は律儀さを強調する逸話が多く、家康と家光の間で軽視されてきた感じがありますが、元和9年(1623)に将軍職を家…
平成31年2月4日号(11面)
徳川家康は、慶長8年(1603)に征夷大将軍に任ぜられ、江戸に幕府を開きました。江戸時代の政治体制はいわゆる幕藩体制と…
平成31年1月28日号(7面)
豊臣秀吉は大阪城や伏見城に莫大な財産を残しましたが、大坂夏の陣で大坂城が焼け落ちた際に、書庫にあったと思われる記録や文…
平成31年1月21日号(7面)
徳川幕府の支配体制は、最高権力者としての征夷大将軍と、それに臣従する大名、旗本、御家人があり、それぞれに陪臣が臣従した…
平成31年1月14日号(7面)
幕府において財政を担当していたのは、勘定所と呼ばれる組織で、江戸城内の御殿勘定所と大手門番所裏の下勘定所とがあり、トッ…
平成31年1月7日号(11面)
温故知新とは、「古きをたずねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」と訓読される論語の一節で、一般には、「昔のことをよ…