やまと(倭)古代国家の黎明
和 邦夫
平成26年(2014年) 48件の記事
平成26年12月22日号(7面)
既述のように、継体21年6月に毛野臣が6万の大軍を率いて任那に向かったとするが、その軍がその後どうなったのか書紀の記述で…
平成26年12月15日号(11面)
継体22年12月磐井の息子の筑紫君葛子は糟屋の屯倉を献上して死罪を免れる。 筑後風土記では磐井は豊前国に逃げ、南の山の隈…
平成26年12月8日号(7面)
継体20年秋大和国磐余の玉穂に宮を移す。継体天皇は大和入りまで相当の年数を要している。 継体の支援勢力は、大伴、物部、和…
平成26年12月1日号(7面)
継体1年3月手白香皇女(仁賢の3女)を皇后とし、8人の妃を召しいれる。 元からの妃の目子媛(尾張連草香の娘、皇子が安閑、…
平成26年11月24日号(7面)
男大迹王は応神5世の孫とされる。応神天皇の皇子の若野毛二股王の子孫で、父の彦主人王は高島郡に所在したとされる(父王の時代…
平成26年11月17日号(7面)
13武烈天皇 小泊瀬稚鷦鷯天皇。 法令をよく知り、罪人の理非を判定、無実の罪を明らかにし、朝から日が暮れるまで政事をし…
平成26年11月10日号(7面)
清寧1年1月清寧天皇即位。大伴室屋を大連、平群真鳥を大臣にする。 11月播磨国明石郡で、大嘗祭の供物を整えるために派遣さ…
平成26年11月3日号(7面)
稲荷山古墳(武蔵国)から発見された鉄剣、江田船山古墳(肥後国)で発見された鉄剣には「ワカタケル」の銘があり、これは雄略を…
平成26年10月27日号(7面)
雄略13年に播磨の文石小麻呂、18年に伊勢の朝日郎を討伐。 外交面では 雄略8年新羅と高句麗が争い、新羅から援軍要請を受…
平成26年10月20日号(7面)
10雄略天皇 大泊瀬幼武天皇。允恭天皇の第5子。まず、同母兄の八釣白彦皇子を、安康殺害の件で詰問するが黙秘したため殺害…
平成26年10月13日号(7面)
仁徳没後、履中は即位前に黒媛を妃としようとして同母弟の住吉仲皇子を遣わした処、仲皇子は命令に背き黒媛を犯し、太子を弑そう…
平成26年10月6日号(7面)
8仁徳天皇 大鷦鷯天皇、応神の第4子。 太子で弟である莵道稚郎子は兄「仁徳」の即位を促し、兄は父「応神」の意向を踏まえ…
平成26年9月29日号(7面)
肖古王の没年は西暦375年である。書紀はこれを神功55年没と記載する。神功55年は書紀の干支からの推計では西暦255年に…
平成26年9月22日号(7面)
神功39年、40年、43年魏志倭人伝に記される卑弥呼の魏への使者の派遣を神功皇后の事績として記している。 47年百済と新…
平成26年9月15日号(11面)
仲哀9年香椎宮において仲哀、神功、武内宿弥同席の場で、「新羅を討つべし」と神託が降りるが、仲哀はこれに従わず、熊襲征討を…
平成26年9月8日号(7面)
鹿島灘を北上、船の舳先に巨大な鏡をつけて進み、蝦夷部族を降伏させ、信濃から美濃を経て尾張に帰還する。その後、伊吹山の荒ぶ…
平成26年9月1日号(7面)
4景行天皇 第12代大足彦忍代別天皇、垂仁の第3子。21歳で皇太子。宮は纏向。 景行12年―19年に九州遠征。12年筑…
平成26年8月25日号(7面)
垂仁3年新羅の王子の天日槍が神宝(玉、刀など)を持って来日。これを但馬の神宝とした。 天日槍は一人に象徴された新羅からの…
平成26年8月11日号(7面)
4道将軍の一人、吉備津彦により吉備の旧来の豪族は征圧されたことから、吉備の大規模な前方後円墳は地元豪族のものではなく、大…
平成26年8月4日号(7面)
5年疫病が流行し「民の死するもの半ば以上」、6年百姓の流離、反逆するものありと記される。 7年崇神天皇の姑の倭迹迹日百襲…
平成26年7月28日号(7面)
瀬戸内海を進み、河内の草香に上陸、生駒を目指すが、大和の饒速日、長髄彦の軍に敗れて撤退、紀伊半島沿いに南下、熊野に上陸、…
平成26年7月21日号(11面)
第3章記紀に記す古代天皇の治世 記紀の歴代天皇の記述が現実の年代に符号してくるのは雄略の頃である。その後、近江から継体…
平成26年7月14日号(7面)
(4)神武天皇の即位は紀元前660年とされる。 これは辛酉の年に大きな変動があるという中国思想にのっとり、紀元後最初の辛…
平成26年7月7日号(11面)
出雲の大国主命から国譲りを受けて、天照大神の孫のニニギノ尊が葦原中津国の日向の襲の高千穂峰(古事記ではクジフル嶽)に降臨…
平成26年6月30日号(7面)
古事記は天地開闢から推古天皇までを記述する。 上、中、下の3巻からなり、上巻は神代、中巻は神武から応神天皇まで、下巻は仁…
平成26年6月23日号(7面)
古事記は様々な古事を記憶する稗田阿礼の口述を記すものとして大野安麻呂によりまとめられ、和銅5年(712年)に元明天皇に上…
平成26年6月16日号(11面)
第一章記紀の成立事情とその構成 1古事記、日本書紀の伝える古代ヤマト王権 日本の古代ヤマト王権の姿を記すものは古事記…
平成26年6月9日号(7面)
(3)この時代の大和王朝の大王は、応神、仁徳に始まり倭の5王とされる履中、反正、允恭、安康、雄略などである。 履中即位に…
平成26年6月2日号(7面)
44世紀終頃から5世紀の日本 (1)4世紀終頃から5世紀の百数十年間の倭(大和王朝)は、朝鮮半島での高句麗、百済、新羅の…
平成26年5月26日号(7面)
420年に百済は鎮東大将軍に除されており、倭が百済の上位の将軍に立つことは認められなかったのであろう。 また、倭隋等13…
平成26年5月19日号(7面)
395年好太王が周辺征討開始。 396年王は百済侵略、百済降伏、男女生口(奴隷)1000人などを献出し再び高句麗の属国と…
平成26年5月12日号(7面)
七支刀は、長さ75センチメートルの鉄剣で剣身の左右に3本づつの枝が出ている特異の形の剣であり、銘文に泰和4年(369年)…
平成26年4月28日号(7面)
第三章好太王碑と倭の5王 14世紀の朝鮮半島情勢―百済、新羅の出現 4世紀の朝鮮半島の情勢と日本の対応をみてみよう。 中…
平成26年4月21日号(7面)
4世紀中頃になると朝鮮半島に群小の国々を統合して百済、新羅が誕生する。 4世紀末には半島の北部に居た高句麗が南下してくる…
平成26年4月14日号(7面)
(3)前述のように、中国の史書は、2世紀後半乃至末に倭国大乱があり、その後、邪馬台国の卑弥呼が倭の王に共立されたとする。…
平成26年4月7日号(7面)
出雲国は4世紀半ばに大和朝廷の支配下に入った。出雲氏は首長達に対する統率力が弱かったため、進んで大和朝廷と結び、自家の勢…
平成26年3月24日号(7面)
出雲、神門両氏は、出雲の各国の神々の上に大国主命の神を作り、まとまった神話を作り、大国主命の祭祀を通じて出雲全体を抑えた…
平成26年3月17日号(7面)
北九州と邪馬台国連合との鉄を巡る争いを倭国内乱とみる白石説に対して、内乱を示す物証が乏しく、そこまでいえるのか疑問である…
平成26年3月10日号(7面)
乱の結果、邪馬台国連合の力は近畿中枢部、瀬戸内沿岸、北部九州に及び、邪馬台国連合の盟主は外交権と原料鉄や先進文物を入手、…
平成26年3月3日号(7面)
4世紀後半から5世紀前半には、葛城、吉備、上毛野(群馬)、九州など各地で大きな前方後円墳が造られている。 しかし、5世紀…
平成26年2月24日号(7面)
水野正好氏は、崇神の即位年(甲申年)、没年(戊寅年・ボイン)に該当する西暦年を264年と318年とみて、台与の西晋への遣…
平成26年2月17日号(7面)
2~3世紀の環境変化が統一国家形成に影響を及ぼしたとする見解もある。この時期は東アジア全体が寒冷化、天候不良が生じ、日本…
平成26年2月10日号(7面)
箸墓古墳に続いて、奈良盆地東南部に3世紀後半から4世紀前半にかけて、西殿塚、桜井茶臼山、メスリ山、行灯山(崇神陵)、渋谷…
平成26年2月3日号(11面)
第二章古墳時代、ヤマト王権の始まり 1前方後円墳の出現 弥生時代終わりの2世紀後半から3世紀前半には、出雲には40~50…
平成26年1月27日号(7面)
建物の周囲からは祭祀に使われたとみられる供物、器材で使用後に埋土されたものが発掘されている。 その中には約3000個の桃…
平成26年1月20日号(7面)
弥生時代から古墳時代の遺跡から発見される農工具は、鍬が70%、鋤が30%程度であるのに対し、纏向遺跡から発掘されたのは土…
平成26年1月13日号(7面)
3世紀には大和の纏向が繁栄、前方後円墳の築造が始まる。弥生時代から古墳時代への移行である。 ヤマト王権の始まりであり、日…
平成26年1月6日号(11面)
へ卑弥呼の後 魏志倭人伝によれば、卑弥呼の死後、倭国は乱れ、卑弥呼の宗女(一族の女)台与が女王となることで国がまとまった…