やまと(倭)古代国家の黎明
和 邦夫
平成27年(2015年) 47件の記事
平成27年12月21日号(7面)
天智3年(664年)甲子宣 26階の新冠位制度(下位の冠位数を増やし中小豪族掌握を企図)、各氏の氏上決定(畿内中央豪族…
平成27年12月14日号(7面)
天智1年(662年)5月豊章が百済王となる。 12月豊章は独断で率城から避城へ遷都。避城が敵地に近いことから遷都反対の…
平成27年12月7日号(11面)
朝鮮半島に手を伸ばし始めた唐と外交的接触で打開を図ろうとした孝徳に対し、中大兄等は、遷都や防備、武力の強化で対応しようと…
平成27年11月30日号(7面)
孝徳朝の政治改革の主体は孝徳であり、中大兄皇子は、公地公民を基盤に天皇集権へ向かう急進的改革に対する抵抗勢力、改革を抑止…
平成27年11月23日号(7面)
事件に連座したとして斬殺14人、絞首9人、流罪15人の処罰が行われている。処罰が厳しく、また、広範囲であることから、事件…
平成27年11月16日号(7面)
改新の詔の実行には文書による行政が必要であった。 5世紀には地名や人名を漢字の音で表記することが始まっていたとみられてい…
平成27年11月9日号(7面)
Ⅲ戸籍・計帳、班田制の制定 50戸を里とする。戸毎に戸籍を作成、男・女・奴婢1人づつに土地を支給(6歳以上の男子に口分…
平成27年11月2日号(7面)
大化1年7月舒明の娘の間人皇女を皇后に立てる。 8月仏教興隆の詔。 9月古人大兄皇子が謀反を企てたとして、中大兄が吉…
平成27年10月26日号(7面)
645年の乙巳の変を経て孝徳、斉明、その後に天智が即位するが、日本書紀では乙巳の変で中大兄皇子(天智)が政治の実権を握り…
平成27年10月19日号(7面)
その背景として中大兄は舒明、皇極天皇夫妻の嫡子で、やがて皇位を継ぐべきステータスにあり、また、当時は若年で天皇即位には時…
平成27年10月12日号(7面)
蘇我氏に仕える東漢氏は蝦夷に徹底抗戦を説くが、改新側の巨勢徳太の説得で蝦夷は交戦せず、自宅で自殺。蘇我宗家はここに滅亡す…
平成27年10月5日号(7面)
また、当時、入鹿の専横、蘇我宗家と分家の格差拡大から宗家支配への反感が高まっていたとされる。 こうした状況の中で、中大兄…
平成27年9月28日号(11面)
また、入鹿が父の蝦夷と自身の双墓を造営した際、国を挙げて役丁を徴発しようとしたが、山背大兄皇子の上宮王家は所有の壬生部に…
平成27年9月14日号(7面)
新羅は高句麗、百済からの攻勢を受けて唐に接近。王族金春秋が権力を集中、唐に倣った国家体制を築く。 蘇我蝦夷はこうした半島…
平成27年9月7日号(7面)
舒明11年百済大寺造営。百済大寺は、百済や新羅の国家的大寺院造営に張り合うと共に、蘇我氏の飛鳥寺を強く意識して建立された…
平成27年8月31日号(7面)
推古の即位(592年)以降、元明が平城京へ遷都する710年までの117年間、歴代の天皇は飛鳥とその周辺に宮を営んだ。 こ…
平成27年8月24日号(7面)
4推古の後継 推古の後継者候補は、敏達の孫で、押坂彦人大兄皇子の子の田村皇子と聖徳太子の子の山背大兄皇子であった。書紀に…
平成27年8月10日号(7面)
前方後円墳築造は、6世紀末から7世紀初の推古時代に各地一斉に終焉している。その後、大王墳墓は方墳となり、7世紀中頃(舒明…
平成27年8月3日号(7面)
12条国司や国造は百姓から税を貪ってはならない。 13条それぞれ官に任ぜられた者は、皆、自分の職務内容をよく知れ。 14…
平成27年7月27日号(11面)
推古11年(603年)12月冠位12階制定(徳、仁、礼、信、義、智の各々に大小の12階とし、色で表示)。百済の制度を参酌…
平成27年7月20日号(11面)
推古15年(607年煬帝大業3年)遣隋使小野妹子派遣。 「日出ずる処の天子、書を、日没する処の天子に致す。つつがなきや云…
平成27年7月13日号(7面)
推古16年新羅は倭国に使者を送り、19年には任那とともに倭国に朝貢。 26年8月高句麗使者来日、高句麗が煬帝の30万の軍…
平成27年7月6日号(7面)
太子は上宮(桜井市)に住むが、推古13年(605年)に斑鳩宮へ移る。 斑鳩宮は奈良盆地西部にあり、河内から大和川を遡行し…
平成27年6月29日号(7面)
推古は皇后の経験を経て天皇となった最初の女帝である。皇后9年、前皇后7年の経歴の後の即位であり、血統、年齢と共に執政能力…
平成27年6月22日号(11面)
推古、馬子は、小姉君系を大王とすることで堅塩媛系との対立の激化を防ごうとしたものとの見方もある。 崇峻1年(587年)8…
平成27年6月15日号(7面)
用明2年5月守屋は穴穂部に淡路島で共に狩猟をしようとの使者を遣し、穴穂部擁立の行動を起こそうとしたが事前に漏れ不発に終わ…
平成27年6月8日号(7面)
2用明天皇 橘豊日天皇。 欽明の第4子、母は堅塩媛(媛の長子)、推古の兄。蘇我氏血縁の最初の天皇である。 585年即位…
平成27年6月1日号(7面)
日羅は、敏達の諮問に「倭国は3年間国力充実に努め、その後、多数の船舶を建造、百済に示威すれば百済は倭国の指示に従うであろ…
平成27年5月25日号(7面)
第2章敏達、用明、崇峻の時代 (1)敏達天皇 淳中倉太珠敷天皇 欽明の第2子、母は石姫皇后(宣化の皇女)。 572年…
平成27年5月18日号(7面)
蘇我氏の名が、中央政界に登場するのは稲目からである。 武内宿弥の子の河内の蘇我石川宿弥を祖とし、石川宿弥―満智―韓子―高…
平成27年5月11日号(7面)
第1章古代大和王朝の確立へ 近江出身の継体が大王となり雄略没後の混乱が収拾された。継体以降、大王一族以外の者は大王位に…
平成27年4月27日号(7面)
4世紀後半以降、高句麗、百済、新羅の3国鼎立という朝鮮半島情勢のなかで、半島南部の伽耶地方からの鉄資源の安定供給を確保す…
平成27年4月20日号(7面)
4考察 黎明期の古代倭王権について、以下のようなことが言えるのではなかろうか。 纏向遺跡は2世紀末から3世紀初に出現、…
平成27年4月13日号(7面)
安閑、宣化、欽明の時代には屯倉と部(大王の直轄支配地と民)の設置記事が日本書紀に多く現れるが、それは首長の大王への服従、…
平成27年4月6日号(7面)
また、書紀は、ある本では継体28年(534年)崩御と記述する。この場合、安閑即位までの3年の空位の不自然は解消される。 …
平成27年3月23日号(7面)
ロ継体天皇 ①継体天皇の出自について 継体天皇は応神5世の子孫とされる。応神天皇からはかなり遠い血筋である。 5世の子…
平成27年3月16日号(7面)
②神功皇后、応神天皇を新しい王朝の始祖とみる説 Ⅰ応神天皇の父とされる仲哀天皇の名はタラシナカツヒコ、その前の成務天皇…
平成27年3月9日号(7面)
(4)王朝の血統の継承 記紀では、倭王朝の支配の正統性を示すため神武天皇は天孫ニニギノ命の直系であり、天皇家は神に繋が…
平成27年3月2日号(7面)
初代の仁徳は、高殿から炊飯の煙が見えないことから民の困窮を知り3年間課役を免除した、民のための治水事業を起こし難波の堀江…
平成27年2月23日号(7面)
その一つが歴代天皇の寿命、在位年数を現実にはあり得ないほど長くしていることである。 100歳の長寿、60年から90年の超…
平成27年2月16日号(7面)
水稲耕作が北九州から近畿へ伝播しつつある時代である。水稲耕作と鉄器使用により日本各地に大首長国、所謂国が成立する時代のは…
平成27年2月9日号(7面)
(1)大和王権は神武東征により創られたとする記紀の記述が物語ろうとするものは何か。 記紀は、天照大神の孫のニニギ尊の日…
平成27年2月2日号(11面)
第4章記紀の記述についての考察 1日本書紀に記述する歴史の流れ 日本書紀に記述する古代倭王権の成立の経緯を整理する…
平成27年1月26日号(7面)
蘇我、物部の争いは、本質的には両者の勢力争いであり、仏教受入れの争についても、そうした動きの一環として捉えることも可能で…
平成27年1月19日号(7面)
欽明13年10月(552年) 百済聖明王から釈迦仏の金銅像、経典が伝えられる(仏教伝来については538年説もある)。 …
平成27年1月12日号(7面)
40カ所の屯倉を設置。 中でも、安閑2年5月に26カ所設置(筑紫2カ所、豊国5カ所、火国1カ所など)。 この記述は磐井の…
平成27年1月5日号(11面)
継体23年(529年)3月毛野臣を安羅に派遣。 毛野臣による任那復興はならず、帰還もせずの状態が続き、毛野臣は召還されて…