私は運転免許を持っていない。

 私と同じ世代が大学を出て社会人になったのは50年ほど前のことだが、その頃は在学中に免許を取る学生は(少なくとも私の周囲では)あまりいなかった。

 友人たちの多くは就職が決まってから急いで教習所に通って免許を取ったようだが、私はその時期ヨーロッパをヒッチハイクで放浪していたので、助手席で地図を読むナビ役はうまくなったが、運転は習わないまま帰国した。

 結局、就職もしなかったから運転の必要もなく、とくにクルマに興味があるわ
けでもないので買おうとも思わず、以来、運転免許ナシで今日まで過ごしている。

 さすがに、思いがけなく田舎暮らしをするようになってからはクルマの必要性を感じているが、さいわい妻と妹の協力によって移動手段は確保できている。

 昔の田舎には、クルマはほとんどなかった。だからおもな消費生活は村の中で賄われ、地域の経済はある程度その中で完結していた。

 が、村の誰もがクルマを持つようになると、農産物などを外に売りに行けるようになった反面、日常の必需品も安く買える町の店で買うようになり、村にあった商店は潰れていく。

 私の住む信州の小さな村でも、かつてあった酒や魚や豆腐を売る店は、次々に姿を消していった。

 私は村の仲間と語らって、10年以上も空き家になっていた昔の酒屋を復活させるプロジェクトに取り組み、クラウドファンディングで資金を調達してなんとか開店に漕ぎ着けたところまではよかったが、その後の経営は難しく苦戦が続いている。小規模な店では、大きなスーパーとは仕入れ価格からして勝負にならず、いくら愛郷心に訴えても村びとは安いスーパーにクルマで買いに行くほうを選ぶからだ。

 このままクルマ社会が続く中で、高齢化が進むとどうなるだろう。

 妻も妹も免許を返上する年齢になれば、わが家は「買物弱者」ばかりである。

平成31年4月8日号

平成31年4月8日号