私は今年十五歳。これまで「税金」と言えば、買い物の時に「何故かお店に余分に取られる八%」という印象しかなかった。そんな私の誕生日には毎年、家族で私が生まれたときの話で盛り上がるのが恒例となっている。

 私は一卵性の双子で、瓜二つの妹がいる。当然生まれたときの記憶などあるはずもないが、誕生時の話題が毎年恒例となるのには理由がある。それは私がたった一六〇〇グラムという未熟児で誕生したからだ。

 一六〇〇グラムという小さな赤ちゃん、その上その同じ小さな赤ちゃんがもう一人という想像も付かなかった状況に私の両親は不安でいっぱいだったそうだ。しかし、そんな私もNICU(新生児特定集中治療室)で当時最新鋭の保育器に妹とともに入り、生後一ヶ月で二二〇〇グラムにまで成長させてもらい無事退院することが出来た。その退院の時の話である。退院と聞けばおめでたいことを想像するが、赤ちゃんだったとはいえ、当然高度な医療技術の下で一人前の入院生活を過ごした医療費は発生する。私たち二人の退院の日、父は今まで見たことのない金額が記載された入院診療費請求書を二枚受け取った。一枚は私の、もう一枚は妹のものだ。その金額は一人につき数百万円。その金額に驚いている父に病院の窓口の方は笑顔で言ったそうだ。「お子様たちは二〇〇〇グラム以下でしたので、未熟児養育医療制度を申請することで入院治療費は全て公費負担となります。ご安心ください。ご退院おめでとうございます。」保育器は一日十万円くらいかかるらしいと噂に聞いていた父は、双子の私たちがそれぞれひと月保育器でお世話になった金額が正直なところとても心配だったそうだ。しかし、その窓口の方の説明を聞き、改めて退院の喜びを噛みしめたと今となっては笑い話である。

 中学三年になり、私は学校で租税教室という授業を受けた。それまで税金というものに対して、一度も深く考えたことなどなかった私は、そのときふっとこの未熟児養育医療制度も税金を財源とした社会保障制度であることに気付いたのだ。今私がこうして元気に中学校生活を送ることが出来ているのは、あのとき医療費を心配することなく未熟児の私の命を繋いでくれた税金のおかげだった。今こうして元気に生きていられること、私は税金に感謝しなければならないと思った。

 そう考えると、小さく生まれたり、病気を持って生まれてきたり、成長の過程で思いも寄らぬ病気や怪我で支えが必要になる子どもはたくさんいる。将来のこの国を支える子どもたちを今この瞬間も税金が支えているのだ。

 私もあと五年で成人の仲間入りをする。ということは、今度は私がそういう子どもたちを支える立場になるということだ。そう考えると、税金というものは取られるものではなく、納めるものであるということがすんなりと受け入れられると私は思うのである。

平成29年12月4日号

平成29年12月4日号