私の曾祖母は被爆者だ。一九四五年、八月九日、長崎の爆心地近くの兵器工場で被爆した。幸い、大きな怪我は無かったが、被爆直後は喉が渇いて、大量の放射能を含んだ油の浮いた水を幾度となく飲んだそうだ。そんな曾祖母も今や八十九歳となったが、特に大きな病気もしておらず、週一回のデイサービスを受けたり、ヘルパーの方にお世話になりながら、元気に暮らしている。私は、デイサービスの利点は、日帰りでありながら、とても充実した介護サービスを受けられることだと思う。施設の方の温かい笑顔に迎えられ、日常生活上の介護を受けながら、同じ施設の利用者の方々との会話に花を咲かせる。また、自宅への送迎もしてくださる。施設から帰ってきた時の曾祖母の笑顔を見ると、私達家族も本当に嬉しくなる。

 今回、税について考えたことで改めて気付かされた。曾祖母のこの健康と笑顔は、デイサービス等の施設の方々によって支えられている。しかし、その基盤となっているものは、税金であるということを。曾祖母は、一般の人よりも、より税に支えられていると思う。被爆者手当を受けているからだ。曾祖母の持つ被爆者健康手帳。これを提示することで、医療費が免除される。また、介護サービスを受ける場合は、一部が免除となる。そして、毎月支給される原爆被爆者手当。これらの税の恵みが、被爆してもなお元気でいる曾祖母の命の糧となっているに違いない。

 私は、正直、今まで「税とは義務付けられたもの」というイメージしか持っていなかった。しかし、曾祖母のことから税について考えたことで、税に対する意識を変えることができた。私が毎日、当たり前に学校で勉学に励み、安全な登下校をできること。これも、税の恩恵だ。太古の昔、租、調、庸から始まった税は、時代に応じた形に変化しながら、また、納税者の負担になりながらも、どんな時も私達の生活を影から支えてきた。税は、私達の生活に欠かせないものだと実感した。

 少し前の私のように、税について「義務付けられたもの」という意識を持つ人は、まだまだたくさんいるだろう。しかし、こうやって身近なことから税について少し考えるだけでも、税への意識は変わってくるはずだ。税とは、「私達の社会を潤す源」こういうものだと私は思う。私が納税する立場になった時、税について正しい知識と理解を持って納税できる大人になりたい。また、そのように考える人が多くいる社会であってほしい。そして、これからも、被爆した曾祖母が元気に暮らせていることに感謝しながら、日常の小さな幸せを大切にして生活していこうと思う。

平成28年12月19日号

平成28年12月19日号