「今日もリュック重たそうやけど、大丈夫け?二宮金次郎に見えるわ。でも、野乃葉らしくていいよ。がんばってらっしゃい。」

 母が毎朝、私を見送る時にかけてくれる言葉だ。中学校は自由なリュックで登校できる。ランドセルなら、教科書の折れ曲げや濡れの心配は少ないが、リュックでは、そうはいかない。だから私はランドセル似の特大リュックを買ってもらい、さらに透明なプラスチックケースに入れることで、それら二つの心配を取り除き大量の教科書を持ち運ぶ。担ぎ方を失敗すると、後ろに反り返りそうになるほど重い。それでも、私には担ぐ理由がある。

 それは私が小学校一年生の時のこと。母は私が持ち帰った初めての教科書に、油性ペンで一字一字丁寧に私の名前を書きながら、話してくれた。

 「ランドセルや机は、爺ちゃん、婆ちゃんやひい婆が買ってくれたけど、この『教科書』いう本は、日本に働くたくさんの人が納めた『税金』いうお金で、野乃葉のために贈ってくれたんやよ。大事に、しっかり、勉強しられ。みんな、野乃葉を応援しとるよ。」

 私は、たった五人の同級生しかいない小さな小学校に入学する自分に、そんなに大勢の応援団がいてくれたことが嬉しくてたまらなかった。その時から私にとって『教科書』は大切な物となり、その思いは今も全く変わらない。税金のしくみを学んだのは、それから数年後のこと。母が小学一年生の私を一人の『学生』として接し、税金による教科書の無償支給を教えてくれたことは、とても意義があった。私の学びへの意欲は、そこがスタートだったからだ。

 教科書の背表紙には「この教科書は、これからの日本を担う皆さんへの期待をこめ、税金によって無償で支給されています。大切に使いましょう」と記載されている。

 教科書の背表紙を見る度、自分に期待をしてくれている応援団の存在を感じ、気を引き締め、勉強に励む。

 税金は教科書以外にも国民の生活の為に様々に使われているが、学生の私に大いに関係する所で言えば給食の補助がある。少ない給食費の負担で栄養バランスのとれた食事がとれる学校給食は、成長期になくてはならないものだ。給食を残さず、しっかり食べているおかげで、私は小学校入学以降、中三の現在に至る迄、一日も学校を休んだことがないのだから、そのありがたみは計り知れない。

 税金の恩恵に感謝を忘れずに、今、日本の未来を担う人として期待されている私にできること、即ち一日も休まず、学校で多くを学び、たくさん知識を習得する努力をこれからも続けていき、将来日本で働く社会人として税金を納め、次の「日本を担う皆さん」に私から期待をこめて『教科書』を贈りたい。

 だから私は今日も、やっぱり、二宮金次郎スタイルで学校へ行き、学ぶ。

平成28年12月19日号

平成28年12月19日号