なぜ「税を払う」ではなく「税を納める」というのだろう?という疑問に感じたので辞書で調べてみた。「納める」とは、渡すべき金や物を渡す、という意味だった。なるほど、と思った。納税は国民の義務の一つであり、国民が国や都道府県、市町村に渡すべきお金が「税金」ということなのだ。

 「おさめる」には他に「修める」「治める」「収める」がある。これらの意味を調べていくうちに、税のキーワードは「おさめる」ではないか、と考えた。

 私たちの身の回りは、税のおかげで成り立っているものがたくさんある。学校で勉強したり、行事や部活動に打ちこんだりできるのも、税のおかげだ。学校の施設設備や毎年配布される教科書はもちろん、合唱コンクールで歌う市民館のホール、部活動の試合で訪れる市や県の体育館、マラソン大会で走る多摩川沿いのコースも税のおかげで建設、整備されている。安全に登下校できる道路、信号機があり、水道からはいつもきれいな水が出てくる。私たちは、税のおかげで充実した学校生活を過ごし、あと半年後には三年間の中学校課程を「修める」ことができるのだ。さらに私たちが昼夜問わず、毎日安心安全な暮らしを送ることができるのは、警察、消防、救急、防衛などのおかげであり、ゴミ収集事業により衛生的な環境が保たれているからである。社会を秩序のある状態に「治める」ために、税が使われているのだ。もう一つの「収める」には、受け入れる、しまう等の意味があり、「納める」が渡す側であるのに対し、受けとる側といえる。では、「収め」られた税を国はどのように使っているのだろうか。国の一般会計歳出を見ると、社会保障関係費の割合が最も高いことがわかった。消費税率引き上げで得られた財源も、社会保障の充実に充てられるそうだ。社会保障先進国と言われる北欧の国々と比較すると、街づくりなどの環境面や福祉、雇用対策など、まだまだ日本は遅れているという実情がある。子どもからお年寄りまで、すべての世代が安心して暮らすための公共サービスが受けられる社会の実現を願っている。

 では、私たち中学生にできることは何だろうか。自分の将来を自分で切り拓いていくために、社会全般のことに興味をもち、自分がどんな仕事をして、どのように暮らしていくかを考えながら、やりたいことを見つけて、それについて学んでいくことだと私は思う。大人になっても定職に就かない、やりたいことがないと言って働かない人が多い社会ではしっかり仕事をして、国民の義務である税金をきちんと「納める」ことができる大人になりたいと思う。

平成26年12月15日号

平成26年12月15日号