あれは、学校の振替休日のことだった。私は父の会社へ届け物をすることになり、一人で都内の父の会社へ向かった。平日の都内は、想像以上に人が多く、人酔いしそうなほどだった。それでも、無事に会社に着き、父に手渡すことができた。すると父は、私の為に時間をつくり、会社の周りを案内してくれた。

 父の会社は、ビジネス街であり、観光スポットでもあるようで、多くの人であふれ、とても活気があった。外国人観光客は一様に、スマホやカメラで建物や街の様子に、シャッターを切っていた。皆が同じように、カメラを向けている様子は、少し面白かった。その中に、一人だけ地面に向け、一生懸命シャッターを切っている外国人観光客の男性がいた。ついには、ひざまでついてシャッターを切っていた。私と父は、お互いに顔を見合わせ、「いったい、何を撮っているのだろうね。」と声までそろってしまった。

 すると、父がその人に声をかけた。その人は早口の英語で地面を指さし、父に何かを聞いているようだった。父が答えると、より興奮した様子で、両手を上にあげ、感動を体で表現していた。そして、父の手を両手で堅くにぎり、私の手までにぎり、街の中へ消えていったのだ。

「パパ、いったいあの人、どうしたの?」と聞くと、彼は、日本に初めて来て、道路にある点字ブロックが珍しく、何なのか不思議に思い写真をとっていたら、父から、それが目の不自由な人の為の物だと聞き、日本は、なんて素晴らしい、親切な国だと感動していたのだと。ぜひ、自分の国の皆にも知らせたいと話していたのだと父から聞いて、やっと彼の行動を理解することができた。

 道すがら、父が点字ブロックなど、税金により目の不自由な人が、安全に生活できる環境が整えられていることを話してくれた。

 私は、学校で、警察や消防、病院や学校など私たちの生活に密着した施設が税という財源により支えられていること、私たちの安全で安心な生活は税の力なくしては成りたたないことを学んできた。しかし、目が見えることがあたり前の私は、点字ブロックには、気づくことができなかったのだ。この時、私は思いついた。学校や病院もあたり前に整えられた中で生活していた私は、この"あたり前"により、多くのことに気づくことができていないのではないかと。

 税金により、色々な立場に寄り添い、優しい社会が作られていることに。外国から来た彼の気づきにより税金の力で、日本が世界に誇れる素晴らしい国だと私は気づくことができた。私が納税する立場になった時、私も素晴らしい日本という国を作っている一員なのだと誇りを持って納税しようと心に決めた。そして、生活の中の気づきを、ずっと大切にしようと思う。

平成26年12月15日号

平成26年12月15日号